yendo weblog


Jazz ミュージシャンのファーストネームとファミリーネーム

私のよく知るスペイン語を話す人々の集まりに、 私の知らない日本の方がいらしたときのこと。 それぞれに挨拶をするわけだが、 フランクな集まりだったので、もちろんみな自己紹介の際は 自分のファーストネームのみ言う。 私はまぁいいかと思い、日本語で自分の名字を告げた。 それに合わせて相手方も同じように日本語で自分の名字を言うと、 それぞれのファーストネームを知っている (普通ファミリーネームは知らない) 周りの連中は、なぜ初対面の人に日本語では自分の名前を告げないのかとか、 あるいは日本語だと全然違う発音になるのかとか訝しがった。 特に外国で回りに外国人ばかりのときには、 初対面の日本人に私は日本語で挨拶するか、 外国語で挨拶するかいくつかの経験からたまに迷った。 相手が実は「日本人」でなかったりその「外国語」を話せなかったりと、 下手すると気まずいこともある。 それでもこれはまだどうでもいい問題だけど、 同様の状況でのビズは迷いはしないが、かなり戸惑いはする。

それはさておき、そう、欧米圏 (と括るとまずいかな) の人々の間 ではファーストネームで呼び合うのが普通だ。 しかし、先日 Stan Getz のアルバムについて エントリーを書いたとき、 フルネームを略そうと思ったら、あれ、Chick Corea は Chick だよな、 でも Stan Getz は Getz だろ、と思った。 そっか、名前を文字として書く際に略す場合は ファミリーネームを使うのが普通だよなと思いつつ……も、そうとも限らないわけだ。 Jazz ミュージシャンの名前での、 こういうファーストネームかファミリーネームかのズレの代表例は Miles Davis と John Coltrane とか。これは英語でもある。

Daddy's just like Coltrane, baby's just like Miles.
The lady's just like heaven, when she smiles.

Michael Franks, "The Lady Wants to Know", Sleeping Gypsy, 1977.

まぁ、Coltrane を John と読んでも誰だか迷うから当然だけど、 ミュージシャンの有名度と名前のかぶらなさ度で決まるのかな。 でも、日本では有名な Jazz ミュージシャンは、Parker、Rollins、Monk とか どちらかというとファミリーネームで呼ばれる場合の方が多そう。 他方、きっと気のせいだろうが、Rock ミュージシャンだと ファーストネームの方が多いのかな。(John と言えば Lennon でしょ。違う?) もちろん区別に困ったり、言いにくそうなときはフルネームで呼ばれているけど。 逆にファーストネームで呼ばれてそうな Jazz ミュージシャンは、 私がすぐに思いつくところでは、 Kieth、Freddie と新主流派が続いて、Herbie、いや、Hancock かな。 まぁ、今後私がミュージシャンの名前を書くことがあれば、 私基準で略すこともあるということで。

2005/05/26 (Thu) 18:05 | タグ: misc | 固定リンク


tsurukawa.org 新マシン

捨てる神あれば、拾う神あり。 長年使っていたマシンは死んでしまったが、 友人から CPU (Celeron 466MHz)、CPU ファン (リテール)、 メモリ (PC100 256+128MB)、マザーボード (SOYO SY-7VCA) を無期限で貸していただけることになった。 残りは ATX ケースだけ。 ATX 電源はましなものをなぜか一つ持っていたので、 ケースは安価なもの (Aopen KF48C) で済ます。 税込み 3,400 円。5/2 に購入し、 その日の晩に組み立てた。組み立ては ATX なのでとても楽。 BIOS の設定も特に必要ない。チップセットのサポートのために、 Linux カーネルの再構築だけはする。

なお、実際に使ってみると、 さすがに安いこのケースにはちょっとした不満も。 まず振動で天板がすこしビリビリいう。 また換気が悪いようでケース内温度が前のケースより 5 ℃高い。 取り付けた ATX 電源は温度センサーによってファンの回転数が 変化するタイプのものだが、今の時期でもすぐに回転数が上がり 少々うるさい。 相場の半額以下のケースだからまぁこんなものか。 また余裕ができたら手を入れよう。

この新マシン、使ってみると直ぐにその速さが体感できるほど快適。 X は立ち上げていないし、比較の対象があまりに古いマシンだったことはあるけど、 ひとまずサーバとして使うには十分すぎる。 スワップいらずで運用できるほど、メモリを十分積めることも効いている。 ブートも速いし、アプリケーションの動作も速い。 またディスクアクセスが速い。hdparm でテストしてみると 30MB/s は出ている。前のマザーボードでは、ATA 133 カードを介しても 20MB/s 程度だった。

さて、では当初の目的だった動的ウェブコンテンツの処理速度の向上は……、 ということで前回と同じ条件で調べてみる。 うむ。それなりに速い。一リクエストあたり 1 秒ちょいで処理している。 Pentium MMX 233MHz の約 2 倍、K6-2 400MHz の約 1.5 倍程度か。 一秒あたりに処理できるリクエスト数についてはグラフにしてみて、 ささやかながらご満悦。

とはいえ、たいして負荷の高くない個人用サーバで最も気になるのは、 速度よりも電気代 (あるいは騒音) ではなかろうか。 24 時間運転をするわけだから電気代もバカにならないし、 電気を使う分どうしても熱が発生し、それを冷やすためには騒音も出る。 Pentium MMX 233 MHz から K6-2 400MHz に CPU を変える際も、 電気消費量がほぼ変わらないであろうことは確かに魅力の一つだったのだ。

CPU動作周波数TDPTDP (Max)
Pentium MMX233MHz15.7W
K6-2 (Model 8)400MHz10.85W16.9W
Celeron (Mendocino)466MHz25.7W26.8W

80W 以上喰う最新の CPU に比べればかわいいものだが、 Mendocino コアの CPU はちょっと効率が悪い。 より性能の高い Coppermine コアの CPU は、 700MHz 程度でも TDP は 20W を切るし、 1,000〜3,000 円程度で手に入るようなので、 暇があったら CPU は変えてみようかしら。

なお、長い期間をかけて私を楽しませてくれた K6-2 は CPU ファンとと もに、いろいろなパーツを今回分けてくださった友人にもらわれていくことになっ た。結果的にはわらしべ長者気分。

2005/05/10 (Tue) 00:36 | タグ: computer | 固定リンク


The day the server died.

突如 tsurukawa.org が死んだ。CPU を K6-2 に交換しても、 しばらくは何も問題はなかった。しかし小一時間後もすると、 何の前触れもなくフリーズする。 syslog を見ても何も記録は残っていない。 ディスプレイを接続してしばらく様子を見ていると、 どうも Kernel Panic を起こしているようだ。 最初は熱暴走かなとも思ったが、 CPU はさほど熱くもなっていない。 まぁいいかと思ってそのままにしておく。 一応別のマシンからログインして top を表示はさせておく。

翌日 (4/28) top の表示が正しければ 10:45:51 にサーバが死んだようだ。 帰宅してから気づく。やれやれと思って再起動するが何も反応がない。 ちとまずいなと思って再度ディスプレイとキーボードを繋げて 電源を投入するも、BIOS の画面を表示しないどころか 最初の beep 音さえしない。 CPU を交換したり、一つずつ部品を外したりして 試してみるが、まったくの無反応。 嗚呼、マザーボードがお亡くなりになったようだ。 CPU 交換という余計なことのために、サーバを一台ダメにしてしまったわけだ。

こうなったら、マザーボードの交換が手っ取り早いが、 P/I-P55T2P4 は Baby AT マザー。 ケースも AT 用のケース。今時 Baby AT のマザーは秋葉原にでも行かないとない。 新品はまずないだろうから中古になるが、 それなりの品質のものを探すのは大変だろう。 Socket 7 の CPU は三つもあるので それ用の ATX マザーがあれば ケースさえ交換すれば何とかなるが、それも今さらかと思う。 ちなみにちゃんとしたマシンも PC-9801 なら二台ある。 一台には Debian GNU/Linux 98 がインストールされている。 別の一台には PCI バスがある。 あとは、ハードディスクのパーティションテーブル (かな?) さえ何とかすれば、 ハードディスクの交換のみで何とかなりそうだけど、 これも考えるだけでなんだか面倒になってくる。 この二台の電源ファンは結構五月蝿いし。

最悪サーバを廃止することも考えるが、ドメインの利用期限を延長したばかりだし、 まぁそんなに高性能なものである必要はまったくないので、 もう一台 PC を組み立てようかと観念しはじめる。 だとすると、CPU、ファン、マザーボード、ATX ケースを調達しなければならない。 いろいろな方にこのあたりのパーツが余っていないか尋ねはじめる。 なんでもいいと言うわけではないが、まぁいい、何とかなるだろう。

ただ、今まであまりにサーバに依存した運用をしていたので、 まずネットワークにつながらなかったり (dhcp サーバ)、 メールが読めない (imap サーバ)、 自分のファイルが読めない (nfs サーバ)、 漢字変換ができない (wnn サーバ)、 その他もろもろと大変なことになる。 これが分散環境の悲哀というのものか。

ファイルだけでも見られるようにと、 サーバのハードディスクを別の PC に繋げてみたが、 LVM を使っていたので、単純にはディスクにアクセスできない。 元の PC で vgexport しろだって? うーん。無理。 まぁ、できることはいろいろあるが、設定の変更などは最小限に止めたいし、 いずれにせよ PC を一台準備してからだ。

そして、ひとまず復活。詳しくはまた後日かも。

2005/05/02 (Mon) 02:35 | タグ: computer | 固定リンク


tsurukawa.org の CPU 換装 (後編)

ようやく重い腰を上げて CPU の換装に取り組む。 あとでどの程度性能が上がったのかを確かめるために、 まずは換装前の状態でベンチマークを行なっておく。 気になっていたのは動的なウェブコンテンツへのアクセスだったので、 ホストしている pukiwiki のページへのアクセスを Apache Benchmark で調べる。 適当に同時接続数 10、リクエスト数 100 で試してみると、 1 リクエストあたり 2.3〜2.5 秒かかっているようだ。 また Linux カーネルを K6-2 用に再構築して用意もしておく。

サーバの電源を落とし、蓋を開ける。かなり汚い。 これだけ埃がたまっていると危険かも。まずは掃除をする。 それから MMX Pentium を外し、K6-2 を取り付ける。 丁寧にグリスを塗った CPU ファンも装着。 うーん。いい感じ。

入手した K6-2 は、コア電圧 2.2V、I/O 電圧 3.3V の仕様。 I/O 電圧についてはそのままで問題ないが、コア電圧については、 非公式なジャンパ設定で対応する。 JP20 の 2.5V 用 (1 番ピンと 2 番ピン)、および 2.7V 用 (3 番ピンと 4 番ピン) のジャンパーを接続する。 さらに CPU をバスクロックの 6 倍で動作させるためのジャンパ設定。 入手した K6-2 は Model 8 というヤツで、 2 倍の設定で実際には 6 倍で動作してくれる。 JP11 の 2 番ピンと 3 番ピン、JP12 の 1 番ピンと 2 番ピンを接続する。

よし、電源 ON。BIOS は K6-2 なんぞに当然対応していないので、 K6 300MHz とか表示される。 対応 BIOS もあるようだが、どうせ Linux を使うのだから関係ない。 さてさて、おー、ちゃんと動いている。cat /proc/cpuinfo してみると、CPU を正しく認識し、399.861MHz で動作しているようだ。 さらに K6-2 用に再構築したカーネルをインストールして、リブート。 ソース (arch/i386/kernel/cpu/amd.c) でも確認していたが、 Linux はライトアロケートにも ちゃんと対応しているようだ。 こうして作業は約 40 分ほどで完了。

ログインして適当に Emacs なんかを動かしてみるが、 気持ち速くなったかなぁという感じ。 また動的なウェブコンテンツにアクセスしても、 うーん、少し速くなったかなぁという程度。 再度 Apache Benchmark でベンチマークを行なってみると、 1 リクエストあたり 1.6 〜 1.7 秒くらいで処理している。 性能向上は約 1.5 倍か。 CPU は使いきっているようなので、K6-2 でも CPU がボトルネックなままかな。 K6-2 は MMX Pentium と比較すれば 一つ世代の新しい CPU なので、クロックアップ以上の性能向上を ちょっと期待してしまっていたのだけど、 バスクロックやらなんやらのせいもあって この程度なのかもしれない。 ただ、MMX Pentium の場合 100 リクエスト中 28 の リクエストが失敗していたのに対して、 K6-2 の場合は失敗したリクエストは一つもない。 動的なウェブコンテンツにアクセスが集中するとき (年に数度しかないけど、まぁドキドキする) には、 それなりに性能を発揮してくれるのだろうと納得しておく。

しかし、これが悲劇の始りだった……。

2005/04/27 (Wed) 02:23 | タグ: computer | 固定リンク


tsurukawa.org の CPU 換装 (前編)

tsurukawa.org のホストサーバは旧世代のマシンで運用されている。 1997 年の春に購入した ASUS P/I-P55T2P4 という年期の入ったマザーボードに、 今まで MMX Pentium 233MHz、128MB のメモリ、160 GB のハードディスク (ULtra ATA/133 カード経由) という、まぁ目一杯の構成だった。 電気がもったいないので他には一切パーツはつけてない。 これでもメールサーバやらウェブサーバ、 ファイルサーバとして十分に機能を果たしてきてくれた。 しかし、テレビ録画をしたいなどという贅沢はあきらめつつも、 動的なウェブコンテンツへのアクセスが多かったりすると、 さすがにもうちょっと何とかならないかとも思っていた。

一昨年の暮れだろうか、 裏技を使えば P/I-P55T2P4 に K6-2 が載り、バスクロックの 6 倍、 つまり定格なら約 400MHz で動作することを知った。 何となく気の向いた昨年の 3 月には、1,980 円で K6-2 500MHz を入手した。 しかし、問題は CPU ファンだった。 何とか使えるかなと思っていた 山洋の Socket 7 用 CPU ファンを持っていたはずなのに、 狭い部屋のどこを探しても見つからない。 なぜか箱だけは見つかったが、 箱には 109P5405H8026 という型番の CPU ファンの写真。 調べてみると、さすがに K6-2 には不十分。 しょうがない。新たに購入しようとあきらめる。 とはいえ、当時既に Socket 7 用 CPU ファンは過去の遺物。 Socket 370 用の CPU ファンは店頭でも見かけたが、 P/I-P55T2P4 にはほんの少しだけサイズが大きすぎる。 なおかつ P/I-P55T2P4 では CPU ソケット脇のレギュレータを冷やすように フィンの横から空気が流れるような CPU ファンでなければならない。 山洋の K6-2 向け CPU ファンなどはこの点でだめ。 結局まじめに TDP やら熱抵抗値を調べながら、 適切なものを探しに探して、ようやく通販で山洋の 109P5412H2026 という CPU ファンを3,540 円という本末転倒な価格で購入した。

しかし、情けないことに せっかく購入した CPU ファンにはソケットに装着するためのクリップと、 電源ケーブルが付属していなかった。 嗚呼……、まぁいいか、いつか山洋にでも問い合わせてみようと思いつつも、 結局そのままほったらかしにする。 それから約一年後、今年の三月末、 引越しのために荷物を整理していると、 押し入れの中に置いていた衣類ケースの脇から、 行方不明だった CPU ファンを発掘した。 もちろんクリップと電源ケーブルも付いている。 ちと驚いたことにこの CPU ファンは、わざわざ調べて購入した CPU ファンと まったく同じ型番のものだった。そう、このクリップと電源ケーブルが使える…… というか、新しい CPU ファンは不要だった。 CPU ファンのあの箱の写真は何だったんだ。 そして、シリコングリースもたまたま昨日発見。 無用な遠回りをしたが、K6-2 を試す機会がようやく訪れた……はず。

2005/04/24 (Sun) 23:18 | タグ: computer | 固定リンク


カタクリ

カタクリの花が咲いていた。 今の市販の片栗粉はじゃがいもやさつまいもから取った澱粉だが、 元々片栗粉はこの草の根茎から取った澱粉のことだった。 カタクリという 名前の由来は「傾いた籠状の花」を意味する「カタカゴ」が変化した、 あるいはカタクリの葉の形が栗の子葉に似ていることから「片栗」となったとも。

なお、カタクリは、春にだけ芽を出し花を咲かせる春植物 Spring Ephemeral の一つだそうだ。初夏になると地上部は枯れ、 根茎のみで春の迎えを待つ。うむ。春は儚く、短い。 暖房装置の冬が往くと、冷房装置の夏が来た……となるのかな。

2005/04/10 (Sun) 22:30 | タグ: misc | 固定リンク


転居

長年住んでいたアパートが ついに取り壊しになるため引越しをした。 今までの部屋が狭すぎたこともあるが、新居は 3 倍以上の広さだ。

そういえばバルセロナに留学していたとき、 市内のアパート (というか piso) の家賃は当時、大体 10㎡ あたり 1 万ペセタ (まぁ 1 万円弱) くらいじゃないかとかいう話だった。 向こうは家具付きだし、市の中心部から歩ける距離でもこれくらいの値段だから 単純な比較はできないが、 私の日本における今までの部屋の家賃も、新しい部屋の家賃も この基準よりちょい高いくらいだ。 まぁ探せばあるということか。

しかしこれまで住んでいたアパートみたいなものは、 さすがにもうなかなか見つからないだろう。 建築物が古いというだけではない。 そこにはここ数年インターネットに接続された LAN が敷設されていたが、 それはゲマインシャフト的要素が残っていたゆえの産物でもあったのだ。 あと 50 年もしたら、観光名所くらいにはなったのかもしれない。 豚にだって歴史はある。このアパートに住んでいた方々を結集して 総会を開く予定なので、簡単にでもその歴史をまとめてみよう。

2005/04/08 (Fri) 02:24 | タグ: diary | 固定リンク